工藤公康選手のこんなエピソート

まいど!おおきに 八百屋のよっちゃんです。

今日も読んでいただきまして ありがとうございます。

今日は名電工時代から知っている工藤公康選手の苦難の時のエピソートの紹介です。

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「来年ダメならクビになるだろう。

田舎で畑でも耕しながら、子供たちに野球を教えるようになるかもしれない」

-工藤公康のプロポーズ?!

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西武時代の1986年に11勝(5敗)、

87年は15勝(4敗)をあげた。

日本シリーズのMVPを2年連続で獲得。

プロ6年目当時の私は“てんぐ”だった。

ネオン街に繰り出し、ボトル1本以上開けての朝帰りはザラ。

練習で汗をかきアルコールを抜く日々だった。

これで成績を残せるはずが無い。

89年は4勝(8敗)に終わった。

特に肝臓の痛みが酷く、医者からは「このままだと死ぬよ」とまで言われた。

「工藤は終わったな」。

仲間にも、そうささやかれた。

「本当に選手生命が終わってしまう」。

ビール、ブランデー等、家中の酒を捨てて夜は家にこもったが

体調はすぐには戻らない。

実は私自身が半分諦めていた。

妻の雅子と結婚したのはそんな90年の事だった。

「来年ダメならクビになるだろう。

田舎で畑でも耕しながら、子供たちに野球を教えるようになるかもしれない」

プロポーズでは確かにそういった。

妻は「いいわよ。野球選手の工藤公康と結婚するんじゃないから」

そして「もし野球をやめる事になっても、今、やれる事を二人でやってみない?」

私は腹を据えた。

飲み友達からの電話には妻が出て、

「夫は飲むのをやめました」とガシャン。

肝臓に良いとされる食材を含め食事を一から見直してくれた。

スポーツ医学に詳しい筑波大の白木仁教授を尋ね、練習法を根本から教えてもらった。

だが専門家の言葉が理解できない。

「単に頷いているだけなら指導を受ける意味が無い」と思い、

トレーニング関連の本を買いあさった。

筋肉の名前や使い方を覚え、先生と同じレベルで会話しようと必死に勉強した。

「トレーニングは3年先、5年先を見据えて」が白木先生の指導。

今の練習成果が3ヶ月後に表れる事は無い。継続にこそ意味がある。

闇雲に体を動かすのではなく、

「何の為のトレーニングか」の理論を学ぶ事が重要だと知った。

今までの自分を変えられたのは、

「家族を支えなくては」という強い自覚と、このまま終わらせるかという執念だった。

変化は着実に訪れた。

91年には16勝(3敗)し、ようやく復活を果たせた。

飲みに行くのをやめ、バランスよく食事をとり最低でも10時間は寝た。

規則正しい生活習慣がいかに大切かを思い知った。

トレーニングはキツいという次元を超え肉体の限界への挑戦となった。

若い頃のどん底がなかったら、弱い自分と正面から向き合えただろうか。

妻と子供たちがいなければ、これほど長くプレーできなかったと断言できる。

29年間のプロ野球人生は悩みと苦しみの連続だったが、わたしにはそれが「財産」だ。

今でも学び、知り、行動する事の大切さは忘れていない

日本経済新聞
弱い自分と向き合う 工藤公康

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工藤選手にこんな苦難の時代があったとは知りませんでした。

彼は、順風満帆な野球人生だと思っていました

やっぱり「家族」への思いですね。 「家族」ありきの仕事! なんですね〜!

家族に感謝です!!

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